カサエゴ

Casa Egoista (定員一名の小さな家)

何かが損なわれてしまったのだ。何かっていうと、玄関が。

久方ぶりに催された施主の集いから遡ること二日前、我が家の居候は調子に乗ってとんでもないことをやらかしていた。

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ビシーッと

居候が玄関に出るのを防止する柵。その柵に張りめぐらされたチェーンから宙に駆け出そうかというように目いっぱい身を乗り出し、挙句に柵を繋ぎとめていた重さ5kgはあるアンティークのガーゴイルを玄関に引きずり落としたのだ。
ジャン・リュック・ゴダールの古い白黒映画の銃声のような音が響き、思わず階下に駆け降りた僕が目にしたのは、無残に割れて転がっている大理石のガーゴイルと、欠けて穴が開き、あまつさえ大きなヒビまで入っている、六年前に自ら貼った大判タイル。

やれやれ。僕は三味線屋に電話した。無論、こんなカタストロフを招いたろくでもない居候に責任を取ってもらうためだ。しかしその時になって初めて僕は、今どきの三味線は犬の皮を使っており猫はお呼びでないということを知った。
「犬?」僕は聞き返した。
「そう、犬。だから猫は要らないの」
受話器の向こうの声は感情をこめずに小さく言った。まるで壁に描かれた大きな文字を読み上げているような声だった。本当に壁にそう書いてあるのかもしれないなと僕は思った。
「お呼びじゃないってさ」そう言って振り返ると、居候は真っ白な画用紙を眺める時のような目つきで僕の顔を眺め、やがて身体を器用に折り曲げて自分の尻をひとしきり舐めるとどこかに行ってしまった。

やれやれ。居候の処分はひとまずペンディングにすることを決めると、改めて玄関に降りてタイルの損傷を確かめる。傷はひどいもので、ここまで深く破壊されてしまってはもうどうしようもない。たぶんこのタイルは割れるべくして割れたのだろうし、もしこのとき割れていなかったとしても、別のどこかで割れていただろう。特に根拠があるわけではないのだが、僕はそんな気がした。

ここまで考えたところで、居候が去った方角から漂ってきた異臭が強引に僕を現実に引き戻す。そのにおいはどこか懐かしいもののように感じられたが、どちらかといえば悪臭の領域に属するものだった。
またウンコかよ。今日二度目だろ。やれやれ。僕はスコップを取った。

かくして、完成9年目にして早くも二度目の玄関リフォーム工事が決定。やれやれ。僕はかぶりを振った。ノーベル賞今年も残念でした)