ロシアという国の特徴としてあらゆる面における格差の激しさが挙げられる。つい最近においても中国を上回る凄まじい国内所得格差のニュースを目にしたが、
これは共産主義社会崩壊後の混乱でうまく利権を掴めたか掴めなかったかに端を発する現象としても、元々ロシアは(皆がちんたらしていて皆が貧しかったソ連時代を例外として)そういう国なのだ。欧州の中でも飛びぬけて低い識字率(19世紀末まで20%程度)であった頃に生まれたロシア文学は世界最高の評価を得、一般庶民は欧州の中でも飛びぬけて貧しい暮らしを強いられていた一方でロマノフ王朝文化は絢爛を極めた。そして戦時中の占領地域における暴虐非道ぶりが未だに語り草になっているほどの粗野な国民性でありながら、その一方で繊細さと優雅さをもって知られる世界最高峰のロシアンバレエを生み出す。
かくも興味深い国ではあることは別としても、ペテルブルクといえばキーロフバレエ。今はマリインスキーバレエ。20年前のキーロフバレエ東京公演来のルジマートフファンとして、ペテルブルクを訪問する目的の一つはマリインスキー劇場に行くこと。ルジマートフ本人は既にマリインスキーを去っているもののマリインスキーバレエが世界最高峰の一つであることには変わりなく、滅多にないチャンスであればやはり訪れない手はない。
というわけでマリインスキー劇場ウェブサイトからチケットを購入。
チケット代は場所により6500円程度から25000円程度まで。一応支払いまで済ませたがボックスオフィスに行けとか書いてあるし、当日夜の公演まで時間があるのでチケットオフィスで念のため確認してみることとする。
ボックスオフィスの場所はネフロスキー通り沿いの黄色い三角ビル。
二階建てだが中はやたら広く、無数のテナントが入っている。ぐるぐる回ってみるが間口は僅かに一間、看板の一つも出てないので非常に分かり辛い。
中に入りウェブで購入した旨を伝えてEチケットで入れるかと聞いたらダメだ今からチケットを発行するという。本当か?まあ先方がダメというからには大人しく紙チケットを受け取る。
日が暮れて劇場に足を運ぶ。最寄りの地下鉄駅はオレンジ色の4番線の終点、Спасскаяスパスカヤ駅。
劇場前に新駅を作る計画はあるらしいが、訪れた時点ではまだスパスカヤ駅が終点。ここから歩かなくてはならないのだがこれが遠い遠い、足元の悪い中を15分はたっぷり歩く。
荷物検査を経て無事入場するとマリインスキー劇場の格式にまず圧倒される。いやジャケットを持ってきてよかった。
あまりいい席が残っていなかったこともあり、購入したシートはR席。R席すなわちロイヤルシート、お陰で開演前に劇場の隅々までよく見渡せる
そして身を乗り出しながらぐるっと動画を
圧巻の一語につきる。これが両極端国家ロシアのピンキリのピンにあたる部分。
演目は日によって異なるが本日の演目は幸運なことに一番好きなЩелкунчик、すなわちくるみ割り人形。くるみ割り人形といえば定番の中の定番、これが好きというのはクラシックでいえば「フィガロの結婚が好きです」というようなもので通に鼻で笑われそうな選択だが好きなものは好きなのだから仕方ない。こと映画では変態ラースフォントリアーのような皮肉で意地悪で救いのない作品ばかり好んで視聴する自分もバレエに対してはまた別、「人生や世の中は不愉快なものであふれているからこれ以上不愉快なものは必要ない、だから僕は美しく幸せで好ましいものだけを絵にする」と言ったルノワールに同調する身としては、これ以上なく楽しく好ましく幸せな演目であるくるみ割り人形こそ至上。
夢のような時間はあっという間に過ぎ、9時を回る頃に無事閉幕。
初めてのマリインスキー劇場は素晴らしい体験だったが、唯一心残りがあるとすれば閉幕後に買おうと思っていたコミカルなくるみ割り人形が売店が閉まってしまっていて買えなかったこと。観覧する人は買い物のタイミングを逃さないように気を付けられたい
気が付けば腹が減った。芸術は素晴らしくとも芸術で腹は満たせない!
ので帰りがけに駅前のケバブ屋で空腹を満たす。笑