カサエゴ

Casa Egoista (定員一名の小さな家)

半導体不足で給湯器が買えない?

長引く世界的な半導体不足とコロナによる物流滞留の影響で、車もバイクもバックオーダーばかり溜まる一方で納車期間は長期化の一方。特段の人気車でなくとも納車半年待ちなどは当たり前で、先月オイル交換に訪れたディーラーで店頭に並んでいる納車待ちのバイクは実に3月にオーダーを受けた分だったりする。
納車がないということは支払いもない訳で、車もバイクも手付金以降の売上金が入らない中ディーラーのキャッシュフローは極端に悪化していることは想像に難くなく、一体どうやって遣り繰りしているのか実に不思議。

半導体不足の影響はこういった乗り物にとどまらずガス給湯器にまで及び、聞くところによればガス給湯器の供給が途絶えており、最早売るべきガス給湯器の在庫も尽きて「給湯器が壊れたら出来る限り修理してください、修理で治らなければお気の毒様です」状態に陥っているという。新築と同時に設置した我が家のガス給湯器も11年を経過しそろそろ寿命となる頃、例年より寒さ厳しいこの冬に故障だけは勘弁してほしい。

当然というか、この影響を最も深刻に受けるのは建築業界ではないだろうか。外構が未完成でも家を引き渡すことは出来るだろうが、さすがに「当面ガス使えませんが取りあえず引き渡すのでお住まいになっててくださいね。入荷したら取付に来ますから」という訳にはいくまい。
家を購入するのに全額前払いとするのはレアケースであって、普通は着工前に半額、残りは引き渡し時に支払うのが通例。完成しても家を引き渡せないとなると億単位の収益が見込めなくなる訳で、さらに引っ越しを先送りにせざるを得なくなった施主への補償問題にまで発展するのは想像に難くない。半導体不足によるガス給湯器不足、この話が本当であれば来年は黒字倒産するハウスメーカー工務店が続出するかもしれない。という話

白沢峠の廃トラックを探す

山梨は甲州市の山奥深く、白沢峠と呼ばれるところにどこから来たのか謎の廃トラックがあると噂に聞き、なかなかにエモい様子の画像など目にするにつけ、これは是非この目で確かめに行かねばと捜索に乗り出した11月の週末。

誰かが登録したらしきGoogleマップ地点登録を目がけて中央高速を走ること二時間半、勝沼ICから甲州市に入り、郊外の山岳地帯へ突き進む。分岐する度に細くなる道はやがてアスファルトから砂利混じりの未舗装路になり、さらにとんでもないガレ場と化す。オフ車でもない自分のバイクはパンクを心配しながら慎重に登っていくが、数km進んだところで唐突に表れる車両通行止めの柵で車両通行路が終了するとほぼ同時にスマホGPSも圏外に。

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軽自動車一台がやっとの山道はここで終了。この地点で標高1350mくらい

バイクを乗り捨てると、もとい、サイドスタンドがめり込んで転倒しないように注意深く駐車すると、ニコンだけを手に柵の脇を乗り越えてさらに先に進む。GPSが使えないここから先の捜索はほぼ勘に頼るしかない。

 

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柵を越えて暫くは環境整備のための車が通行するらしい歩きやすい道が続くが、やがて獣道のような幅の道が消えたり現れたり。

 

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誰かが下げた目印のような布切れ。目印というか気味悪い

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橋が架かっている。ということはその先に道が続いている。ということで、山中に無数に流れる沢にかかる橋を見つけるたびに駆け寄って渡りその先に進むことを繰り返す。今にも崩れ落ちそうなこんな橋を4つ渡るのが到達までの道標。

 

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あそこにもないここにもないと落ち葉で埋め尽くされた冬枯れの森を彷徨うことおよそ一時間弱、釣瓶落としの秋の陽が西の稜線に沈もうとするタイムリミット直前、枯れ枝を掴みながらよじ登った斜面から見渡せる谷にそれは唐突に表れた。

 

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枯れ木の木立の向こうにかすかに見えるあれは

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間違いない

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発見

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これはエモい風景

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見事に朽ち果てた個体

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調べによるとこのボンネットトラックはダッジのもので、占領軍の米軍が使用していた軍用トラックが民間に払い下げられたものらしい。というと少なくとも製造から80年は経っていることになる。
その後いつ誰がどのようにこんな山奥に遺棄したのかは一切謎に包まれているだが、昔はこの峠にもこんな小型トラックが通れる程度の道は通っていたのだろう。

 

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ドアは一応開く

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4時45分あたりで止まったままの時計の針

イムリミット直前に到達しただけあって、ちょうどいい塩梅に沈む夕陽をバックに大変にエモい風景を記録に収めることが出来た。
人里の中でこんな廃車がいつまでも放置されていることはあり得ず、GPSも届かない山奥だからこそ撤去されることも不逞の輩に放火されることもなく、誰にも知られることなく何万もの夜を過ごしながら静かに朽ちていったのに違いないこの廃トラック。完全に土に還るまであと何年こうやって一人で過ごすのだろう。と、米国で生まれ太平洋を越え日本にやって来て、誰にも看取られることなく今まさに朽ち果てようとしているこのトラックの辿った数奇な運命にしばし思いを馳せながらその場を後にする。また来ることはあるのだろうか・・

というか秋の陽は釣瓶落としとはこのことかと身に染みて思い知ったのが帰路。あっという間に日が落ちてしまった山中に街灯などあるわけもなく、スマホのライトなど何の役にも立たない中を危うく遭難しかかりながら何とかバイクに帰り着いた時には完全に真っ暗闇。危ねえ危ねえ

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ノルウェーの森」の直子の魂のように暗い森の中を永遠に彷徨うところだった(怖)



はてブロ10周年記念グッズ獲得チャレンジ(2)「私が◯◯にハマる10の理由」

続いて行ってみよう。何か面倒くさいお題だなあ、そもそも人が何かにハマるのは理由が先に立つものではなく(理由があってハマるのは仕事だ)、無性に惹かれるものがまずあって後にして思えばこういう理由があてはめられるのかも、ということなのではないだろうか。*1だからそういう観点で語れと?あーはいはい。まあ10も理由を語れるか分からないが、(一応)家ブログとしてはやはり

 

私が小さな一戸建て暮らしにハマる10の理由

でやってみようかと。では以下

 

1.確実に目に見える資産だから

なぜ共同住宅でなく戸建てにしたのかという話。大枚叩いて我が家を購入するのであれば、確実に「これ」と目に見える形で手に入れたかったが、共同住宅であればそうはいかない。共同住宅を購入するとは「建物の定められた部屋に住む権利」を買うことであって、ドア一枚窓ガラス一枚として「自分の物」ではない。建物が立っている土地も購入費用には含まれている(借地権物件を除き)筈だが、それとて目に見えない権利であることに変わりはなく「ここからここまでが自分の土地」として見ることなど当然できない。

その点一戸建てであれば単純明快、杭が打たれた境界内はすべて自分の土地、その中にあるものは葉っぱの一枚まで自分の資産。地震で建物が崩れようと、土地がなくなることはない。そういう分かりやすさを求めたのが理由の一つ

 

2.「自分の家」として確かめられるから

今でも表の落ち葉を掃いた際に夜空を背景に佇む我が家のシルエットをしげしげと眺めることがある。それは紛れもなく「我が家」の形であり、眺めるたびに「我が家」であることの幸せを噛み締めるのだ。気持ち悪いとかいうな

 

3.車とバイクを手元に置けるから

駐車場100%完備の共同住宅はまずなく、ごく一部の幸運な住人を除き殆どの住人は自宅と離れた場所に駐車場を借りることになる。自分としてはそれはない。折角家を買ったのに賃貸暮らしと変わらない付き合い方しかできないのはあり得ない。ドアを開けて目の前にある車を乗り出すたびに「我が家」であることの幸せを(略)

 

4.駐車場代を払わなくて済むから

山手線内に位置する我が家、駐車場を別途借りるのであれば青空駐車でも3万円は下らず、耐候性ゼロにつき屋根付き駐車場必須の我が車であれば4-5万円程度は予算を見なければならないだろう。同様に屋根付きバイク駐車場は1.5万円(これは7月まで実際に借りていたので明白)、合計で毎月7万円から9万円は駐車場代として払い続けなければならない。誰が払うかそんな金。山手線の内側にタダで車一台にバイク2台を風雨から守って保管し続けていることを意識する度に「我が家」であることの(略)

 

5.外出がお手軽だから

共同住宅であれば玄関を出て廊下を歩きエレベーターを待ちエレベーターに乗り、1階についたら広いロビーを抜け広い敷地を横切って漸く表に出ることが出来る。タワマンであれば朝の混雑時はエレベーターが各階に止まったり満員で乗れないことすらあったりして、外に出るまでに優に10分近くかかるというのも良く聞く話。一戸建てであれば外出は比較にならないほどお手軽、我が家の場合はドアを出て6歩目でもう公道だ。玄関開けたら2分でご飯、ならぬ玄関開けたら6歩で公道。朝寝坊して慌てて家を駆けだす度に「我が家」であるこ(しつこい)

 

6.利便性最高の都心に住めるから

ここからは「小さな我が家」であることの悦楽を述べる。バブル期に比べれば地価は数分の一まで下落したとはいえ、やはり都心に近づくにつれ地価は普通のサラリーマンが入手するには非現実的なまでに高騰することに変わりはない。一般人が標準的なサイズの土地に標準的な家を建てようとするのであればやはりターゲットを郊外に移すか裕福な親からの少なからざる援助でも期待する他はなく、徒手空拳の身で利便性の高い都心部に家を買おうとするのであれば余程の高収入を得るしかない。だがごく小さな土地にごく小さな家を建てるのであれば、自分のように何の変哲もないサラリーマンでも山手線の内側に家を持つことは可能なのだ。リモートワークの普及で利便性のアドバンテージは幾分薄れたとはいえ、自転車通勤も(気合を入れれば)徒歩通勤も可能で都内の大抵の美術館に一時間以内でアクセス可能、利用したことはないが救急車もすぐに駆け付けられるという利便性による恩恵はやはり絶大なものがある。悠々自適の暮らしなら田舎の海の見える丘にゆったり暮らすのもいいが、何のかの言っても働かなければ生きていけない身には(そして遠路はるばる都内の展示会まで足を運ぶこともないだろう出不精な性格には)都会暮らしが一番であろうし、それが実現できたのは小さな家であるからだ。あー小さな家でよかった。

 

7.借金を最低限に抑えられるから

これはS氏がLWHの理念でも述べられていることだが、小さな土地に小さな家イコール家を手に入れる費用を最低限に抑えられることを意味する。いくら我が家の暮らしが快適であるからといって借金の返済に充てることに残りの人生の全てが制約されてしまうのでは人生の楽しみは半減してしまうし、そんな足枷は少しでも軽いに越したことはない。自分がこの地に普通の家を建てていたならば未だに借金完済の道のりは遠く、それがためにセミリタイアも叶わずにストレスを貯め込みながら相も変わらない馬車馬生活を続けているに違いない。あー小さな家で(略)

 

8.コストを気にせず好きな部材を用いられるから

我が家の床板は全面ウォルナットで、それも廉価版のアジアンや乱尺ではなく15cm幅の定尺のアメリカンブラックウォルナットであるからそれなりに値は張る。恐らく二番目に贅沢な箇所であろうが(一番の贅沢は杭基礎)、僅かに50㎡の床面積では単価の高さもそれほど全体コストに響かない。これが広々とした家であったならば自分の気に入った木を全面に張ることなど到底叶わず、半分くらいはコスト重視で妥協した床選びを強いられたことだろう。あー小さな(略)

 

9.家づくりに参加できるから

大阪城を建てたのは誰?」「豊臣秀吉!」「ブー!大工さんでしたー」という子供の頃に流行った屁理屈を引き合いに出すまでもなく、我が家を建てたのは幹建設の大工さん(および幹建設の手配した基礎屋さんに壁屋さんに電気屋さん)であることは疑いのない事実。しかし我が家の内装の多くは自分で手掛けていて、言い換えれば豊臣秀吉とは違って自分も家づくりの一割くらいは実際に参加したということになる。それが出来たのも我が家が自分一人でも何とかできるサイズであったから。これが広々とした家であったならば自分のような素人には到底手に負えず、家づくりの醍醐味を少しも味わうことなく与えられたがままの素うどんの家に住み続けていたに違いない。あー(しつこいって)

 

10.物に真剣に向き合う暮らしが出来るから

日本の軽自動車がそのサイズからは想像もつかないほど快適で便利なのは、排気量660cc以下で長さ3.4m以下、幅1.48m以下で高さ2.0m以下という制約の中で各メーカーが知恵を凝らして工夫を重ねたからだ。無自覚に車を作ったのであれば外観通りのただの狭っ苦しい車であったことだろう。
小さな家に快適に住むのはこれに似て、もともと小さく狭い家に無自覚に暮らすのであれば忽ち家は雑然とした物置きと化して到底快適な生活など叶わない。小さな家に気持ちよく暮らしたいのであれば必然的に持ち物は最小限のものでなければならないし、そこに至るには吟味を重ねてお眼鏡に叶ったものだけ家にあることを許すというプロセスが必然的に伴う。何となく買ったものを何となく置いている余裕などないのだ。
かくして、小さな家に暮らすということは必然的にお気に入りのものに囲まれて暮らすことと同義となる。これにハマらない筈がないではないか。

 

 

と、ここまでうんうん唸りながら漸く理由を絞り出して気が付いたがもうキャンペーン期間が終了してるじゃないか!ムキー!でも折角苦労して書いたのに没にするのはもったいないから一応エントリ(ポチー)

*1:君の上を向いた鼻が好きだよという男がいたとして、別に鼻が上を向いている女性を探し回っていたわけではあるまい。

はてブロ10周年記念グッズ獲得チャレンジ(1)「はてなブロガーに10の質問」


このブログをエントリしているはてブロが10周年とのこと、記念としてお題に答えたブロガー30名に記念万年筆があたるとのこと。

blog.hatena.ne.jp

万年筆など持っているし、正直言ってそう喉から手が出る程欲しい訳ではないが、たまにはこういう余興に乗るのもよかろう。というわけでレツゴー

 

はてなブログ10周年特別お題「はてなブロガーに10の質問

ブログ名もしくはハンドルネームの由来は?

カサエゴはCasa Egoistaの略、こんな表現が一般的にあるわけではないので造語。意味するところは「エゴイスティックな家」、自分の自分による自分のための家である我が家を指す。本当に自分の趣味と自分の使い勝手に特化した家なので他人には住みづらい家であろうと思う。

初めのうちは「カサエゴ」で検索すると「カサゴ」が先頭に表示されたりしたものだが、気が付けばちゃんとこのブログが筆頭表示されるように。さすがGoogleAIは賢い

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カサゴ

ハンドルネームはイニシャルの読みをそのまま繋げただけ。シンプルプルプル

 

はてなブログを始めたきっかけは?

GoogleのブログプラットフォームBloggerからのブログ移転ではてブロ開始。Bloggerも悪くはなかったが、文中に埋め込んだリンクの見せ方とかUIがあまり親切ではなかったところと、何か忘れたが少し気分を変えてみようという軽いきっかけで。はてブロを選んだ理由は「ここならブログサービスをやめないかな」という勘。
TwitterYoutube、インスタなどにお株を奪われて個人情報発信メディアとしてのブログが斜陽となって久しく、Yahoo!ブログやGMOヤプログなど大手プラットフォームも続々とサービスを終了している無料ブログの中で、これまで自分がブログを綴ってきたSeesaaBloggerも未だ健在なのは運がいい。というか目利きがいい。あ、スマッチ!は終了したな。

 

自分で書いたお気に入りの1記事はある?あるならどんな記事?

んー強いて言えば世界最北の町の氷河スノモツアーのとか?記事がというより体験がお気に入り。いやー良かったねあれは

 

 

ブログを書きたくなるのはどんなとき?

面白いガジェットや建築や建材を見つけた時、旅に出た時。文字通りのWebのログとして書きつける感じ

 

下書きに保存された記事は何記事? あるならどんなテーマの記事?

下書きのまま機を逸した記事は幾つか。時事ネタとか

 

自分の記事を読み返すことはある?

基本的にはない。記憶の確認のためにチェックするくらい

 

好きなはてなブロガーは?

いやはてなブロガー知らないし。ていうかブログってあんまり読まないなーYoutubeはよく見るけど(おい)

 

はてなブログに一言メッセージを伝えるなら?

やめないでねっていう一言。移転手続き面倒くさいし

 

10年前は何してた?

我が家が出来て二年目かー。未だ家づくりの真っ最中ですな

 

この10年を一言でまとめると?

無事でよかった。事故死も病死もせず、金が尽きて借金のかたに家を取られることもなく。

 

 

ぐんにゃりした床

エストニアBole社が発売しているフローリング「Bolefloor」のユニークさについて。

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へうげもの」の古田織部が手掛けたかのようなこのぐにゃりと曲がったアートなフローリング、単に奇を衒ったのではなく、本来であればフローリング材が取れず廃棄となる端材も床板として活用することが出来る非常にエコな製品であるとのこと。

しかし大量生産に向いていない製品だけあって、価格表はないがエコ製品にありがちな「普通の製品よりよっぽど高い」という問題は恐らく免れまい。それを押してこれをエストニアからわざわざ取り寄せ、恐らくは日本で唯一のフローリングを自宅の床に採用する数寄者がいるか・・どうせ家に金をかけるなら一点豪華主義でこういうところにコストを全振りするのもありだろう。床だけで一見の価値があるね

23区最後のフロンティア

古いものに味を認めるのは家ばかりではない。使い込んだ古い機械、特に内燃機関にも得も言われぬ味があるものだ。今後ガソリン車に取って代わると言われている電気自動車にもそれはあるのだろうか、少なくとも通電すれば回転するだけの単純にして無味乾燥な電気モーターは古くなるイコール単にボロくなるだけなような気がするが。

なので、S氏が近い将来絶滅しそうな*1原付スクーターを修理しながら大事に乗っているのはとても好ましい。ysp戸塚の島田店長によれば空冷4サイクル単気筒49ccの原付バイクの実用上の寿命はおよそ2万キロもしくは6年から10年とのことだが、前にも書いた通り修理出来る限り機械はいつまでも使い続けることが出来る。こうなれば将来プレミアがつくまで(殆ど捨て値で売られていたのが今や新車以上の値で取引されている昭和のスポーツカーのようになるまで)乗り続けて欲しいものだ。

 

www.youtube.com

 

自動車の寿命は勿論原付より遥かに長いが、自分の車も購入22年にして漸く5万キロを突破。機械は動かさなければ却って調子が悪くなると思い最近は調子維持のため(だけに)出来るだけ頻繁に乗るようにしているが、それが奏功してかここしばらくは非常に好調。吸気圧縮爆発排気を繰り返す内燃機関を背中に心地よく感じながら向かった本日のメンテナンスドライブの行先は、東京23区最後のフロンティアと呼ばれる令和島。

 

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川崎市(城南島)に隣接する辺境ではあるが立派に東京都大田区

大田区江東区の領有権争いがやっと決着して令和元年に名称が決まったこの令和島、将来は豊洲のようにウォーターフロントにタワマンが立ち並ぶニュータウンになるかといえば多分ならないだろう。バブル期ならともかく人口右肩下がりのこれからの東京において、公共交通機関から隔絶されたこの地にわざわざ鉄道を延伸してまで新たに街を開発するニーズなどある筈もない。ということでフロンティアはいつまで経ってもフロンティアのまま、大都会東京では貴重な荒涼たる風景はこの後も暫く楽しめそうだ。

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これでも23区

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5万キロ号の彼方に沈む晩秋の太陽

 

*1:電気アシスト自転車の登場にとどめが刺された感がある。日常の足として殆ど疲れることなく移動が出来、原付には出来ない二人乗りも駐輪場駐輪も出来る電気アシスト自転車、「これがあれば原付なんかいらない」と言って原付から乗り換えた人は自分の周囲でもそこそこいる。かくして国内販売台数は全盛期の十分の一以下、海外に活路を見出そうにも日本の免許制度の申し子である50ccバイクなど世界のメイン市場である中国でもインドでもお呼びでない

文化財に張りあう心意気

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我が家の紅葉鮮やかな季節は短い

暫く間が開いた・・ネタが尽きた訳ではないのだがとにかく忙しいというか時間がない。セミリタイア気分と雖も仕事は仕事できっちり拘束され、しかし生活の中心は仕事からシフトしているのでオフは以前にも増して忙しい。ということで煽りを食うのがブログ更新。まあいいやちんたらやろう

最近目にしたクラファンで面白い壁紙が。壁紙であって壁紙でない、というか本物の石材を紙のように薄く削いで壁紙のように使用できるようにしたものがこれ。石材「風」の壁紙は却って安っぽさを増してしまって興ざめだが、これは中々面白いんじゃないかな。新築時に商品化されていたら漆喰を塗る代わりに採用していたかも


壁紙と言えば、11年を経た我が家では最近壁の劣化が著しい。というと語弊があるが、内壁のおよそ6割を占める「ローラー漆喰」がちらほら剥がれ落ちてきているのだ。

漆喰をペンキ感覚で手軽に塗れる!として売り出されていたこの製品、販売元のカラーワークスでは既に廃番になっているのはやはり長期耐久性に問題があったのだろうか。尤も、自分の場合は併用が推奨されていた下地塗料(プライマー)を省略していきなり構造用合板に直塗りしたことも少なからず災いしている面も間違いなくあるだろう。ズル剥けのような事になっているわけではないが、気が付けば壁際に埃のようにちらほらと落下した漆喰塗料の欠片が目につくようになってきた。あと何年かしたら残り4割の壁と同じように鏝仕上げでやり直すか、それともこのような異素材壁紙でも試みるか。

やっぱり鏝がいいかなあ、我が家の残り4割を占める鏝仕上げの内壁も既に施工から5年や6年は経っているが、その間に発生した結構な強度の地震にもヒビ一つはいることなく、やはりローラーでお手軽に塗ったのとでは丈夫さが段違い。苦労しただけのことはあったということだ・・・とはいえ、いわゆる文化財に指定されている家とは重厚さがまるで違う。鏝で塗る漆喰の表層は同じでも、その下の壁材が構造用合板一枚で簡素に済ませたものであるか、竹芯を補強に用いて幾重にも塗り重ねられた土の壁であるか。やはり合板の壁は薄く軽い、この差は幾ら年月を経ても如何ともしがたい差異だろう。内壁だけでなく外壁も。現代のサイディングは機能としては優れてはいるものの、手間暇を惜しまず重厚に作られた古い家の壁には、重厚さにおいても古くなった際の風味の面でもやはり一歩も二歩も譲ってしまうのが実際のところ。

しかしそんなライトな現代の家でも文化財住宅に張り合うことが可能な箇所が一つだけある。それは無垢の床材。こればっかりは古い家も現代の家も変わらない。使い込めば込むほどいぶし銀の鈍い輝きを放つ無垢の床板は、文化財住宅も我が家も根本的に同じ作りのものなのだ。ということは、日々手をかけてやって何十年も使い込んだ床は少なくとも自分にとっては掛け替えのない宝物となろう。そう思うと猫の爪痕やら物を落とした凹みや傷なども含めて床を愛せる気持ちにならないだろうか。ということで今日も日課のフローリングワイパー(ドライ)がけをしてから晩御飯にしよう。