変拍子
東京メトロが発行するAlkuはタイトル通り街歩きをテーマとした無料ミニコミ誌(ミニコミって死語では?)。現在改札脇に並んでいる冬号では我が家周辺の坂道が取り上げられている。内容自体はこれまであらゆるメディアで幾千回と擦られた鉄板ネタそのもので今更珍しくもないのだが、特集ページ見開きの画像で見切れている隣家取り壊し工事の養生の具合から年末から年始にかけて撮影されたものと如実に判るのが面白く、手にした一部をそのまま自宅まで持ち帰る。



大通りから我が家へ続く細く曲がりくねった上り坂を進む通行人は我が家を通り過ぎたところで急に開けた空き地に出くわすことになるのだが、そこで暫し足を止め、この決して広くはない空き地を眺めている人をよく見る。

虚を突かれたように足を止め、しばしば見入ってはまた歩き出す。身じろぎもせず見入る人もいれば首を捻ったり何事かぶつぶつ呟く人もいる。同行者と二言三言言葉を交わして頷く人もいる。彼らが一体何を考えているのかは分からないが、まさか今晩のおかずや学校の宿題のことではないだろう。前にここにあったのはどんな家だったかしら、頭に浮かんだそんな自問の回答を思い出したり思い出せなかったりしているのが妥当なところかもしれない。かくいう自分も更地になった土地に以前どんな家が建っていたかとんと思い出せず首をひねることがよくあるからだ。ともかく、予定調和の家並みを崩す歯が抜けたような空き地、道行く人が思わず足を止めるスポットが都心の住宅密集地に存在するのも悪くはない。遠くから見る我が家のシルエットもはっきりと分かって好ましい。とはいえ、(建築計画によれば)来月には我が家を再びすっかり覆い隠してしまう三階建住宅の建築が始まるのだが。

手土産の行先

生来アルコール代謝が低い体質なのであまり酒を飲むことはないのだが、歳を取るにしたがって冬に飲む日本酒の美味さが分かるようになってきて、とは言え元々酒飲みでもないので一人酒の習慣もない(夏の夜のビールは別として)のでここ何年かはS氏にお付き合いいただいて真冬の日本酒を楽しむのが恒例となっている。
先週もS氏とS氏に誘われたLWH004のSさんとK夫妻にお越しいただいてその機会を設けるに至った。SさんもK夫妻も初対面ではないので前回お会いした時からと比較しての現況など伺いながら楽しい酒を飲むことが出来た。
S氏の連れてくる方は皆どこかにこだわりがあって、他人のこだわりを聞くのはとても面白い。LWH004が色々な面でこだわりの家であることはS氏からも折に付け紹介されている通りで、今度はプロを入れて本格的に庭造りを始めるとのことだが造園家にとっても一筋縄ではいかない顧客であろうし、今度もまたじっくりと意見交換を繰り返しながら時間をかけてこだわりの庭が出来るのだろう。
徳大寺有恒のエッセイで「私、アウトビアンキに乗っているんです」という一言でその言葉を発した若手女性編集部員を見る目がガラッと変わったという経験を書いた一節があったが、K夫妻の奥様がF650GSに長年乗っていて都内の通勤にもそれを足にしていたという話を聞いた自分の心情も徳大寺氏のそれに近いものがあったかもしれない。勿論大型バイクに乗っている女性というだけでもとても興味深いのだが、その愛車がハーレーであったならまだ「ふんふんハーレーね」くらいであっただろう*1。だがそれがF650GSというというのであれば俄然面白さが増すというもの。BMWではあるがいわゆる威張りが効くバイク*2ではなく、見栄えより自分の体格に合っていて自在に取り廻せることを優先して選んだミドルクラスのアドベンチャーバイクをずっと乗り続けているところに酸いも甘いも嚙み分けたラリーストのようなベテラン感を感じずにいられない*3。これは侮れないなと(いや別に普段は侮っているわけではないのだが)目の前で猫の相手をしているゲストを見る目も違ってこようというものだ。しかも我が家近くの通りが通勤ルートであり、坂を下りたところにあった肉屋によく立ち寄って買い物などして行かれたというのだからそれも不思議な縁である。
そんなこんなで自分としてはそれなりに楽しい時間を過ごせたのだが、お開きになった後でいつもどうしたものかと思うのはゲストが持参されたものの手付かずで残ってしまった手土産の数々だ。本当は用意された飲食物を全て食べ尽くし飲み尽くしてお開きとなるのが理想ではあるのだが、中々そう上手く事は運ばずに大抵は未開封のまま残る飲み物やら食べ物やらが出てしまう。これはとても勿体ない事だし、美味しい食べ物飲み物を場に供しようと持ってきて頂いたゲストの意に背くことにもなる。かと言ってそのままお返しするのも突っ返すようで失礼な気もするし、次回からはそのような飲食物は他のゲストへのお持たせとして配分するのがいいような気がするがいかがか。今回も皆様がそれぞれ美味しいお酒を持って来て頂いたので多くが飲み切れず残ることとなり、また賞味期限の短い日本酒を自分一人で飲み切れるものでないのは明白なので未開封で残った二本をSさんとS氏にそれぞれ一本ずつお持ち帰り頂いたが、なお残った三本(S氏がキャビネットの上に並べていった)を睨みつつそのような事を考えた次第。
*1:大型免許を取得する女性の動機は大概が「ハーレーに乗りたくて」である
*2:威張りの効くバイクの筆頭と言えばBMWのRシリーズのGS、今ならR1300GSで、デカい速い高いの三拍子揃っているこのバイク(ほぼ例外なく左右で軽く40万円を超えるパニアケース装備を伴う。アルミの収納ケース一つでS氏のジョグ二台分ほどもするのがBMW)は満艦飾のハーレーと並び裕福なおじさんがその経済力を存分に見せつけるアイテムとなっている。間近で見るととにかくその巨大さと押し出しの強さに圧倒されるが、その戦艦の如き巨体を自在に操れる乗り手は稀であろうこともまた論を待たない
*3:バイク乗りならこの感覚は分かっていただけるかと思う。onherbikeのキンガにしても乗っているのはF850GSであり、超のつくベテランライダーにして身長180cm近い彼女であっても世界を駆けまわる相棒にはミドルクラスを選ぶのだ
後先を考えない家
実家で久々に見た地上波TVの余りのつまらなさ(本当に見たいと思えるコンテンツが一つもない)に驚く。
早々に電源を切り、居候の新しい首輪を拵えつつ静かに過ごした昭和99年最後の日。

明けて昭和100年もとい令和7年、年末より着手されていた隣家の取り壊し工事が着々と進む。




木造の上物は解体工事の着手から程なくして解体撤去されたのだが問題は地階部分。隣家はRCと木造の混構造で、擁壁部分を掘り込みRCで地階部分を設けた割と凝った注文住宅であったのだ

この地階のRC造部分を壊すのが実に大変なのは連日少なからざる騒音と震動が響き渡るのに対し工事が遅々としてなかなか進まないのを見ても分かる。
振動で我が家に被害が及ぶことを想定し、地階の解体に着手する前に現場監督を捕まえて我が家の基礎部分と家の中の漆喰壁部分を共に見て回って亀裂が発生していないことを確認した上で画像を撮影しておいたが、幸いなことに今のところそれは役に立つに至っていない。
しかしそれを心配してしまう程の地響きと震動である。どこかの建築士がブログで「一戸建てをRCで建ててはいけない」という自説を開陳していたが、自分が当事者になってみるとその説の説得力を身をもって確かめることとなった。ダメだよ住宅密集地の家をRCで建てちゃ。建てたなら少なくとも100年は持たせなさい。その覚悟がないなら建てちゃダメ
(そう考えると反対側の隣家はRC共同住宅でしかも古い。築45年くらいは経っているだろうか。現在解体中の隣家に比べ優に8倍は容積があるであろうその巨大なRC建築を我が家から2メートルと離れていない目の前でドガンドガン壊すのであれば流石に今度こそ我が家も無事では済むまい。そう考えると今から憂鬱な心持ちになってくる)
ようやっとRC地階もほぼ完全に壊し終えたが、さりとて土を盛って埋め直すわけにもいくまい。なんとなれば土を堰き止めるべき擁壁を円く刳り貫いてしまっているのであれば、放り込んだ土はそこから片っ端から流れて行ってしまうに相違ないからだ。
これについては再来月の工事着工に先立って我が家のポストに放り込まれていた建築計画の完成予想図に答えが書いてあった。擁壁全体を2mほど削り取り、土地全体をその高さまで掘り下げたうえでその内側に高さ2mにもおよぶ高基礎を作り、その上に木造で上屋を建てるのだ。
わざわざ土地全体を2m下げ、そうしておいて2mの高下駄を履かせた家を建てる。
下げてまた上げる。何とも異形な、しかしそうしないのであれば擁壁全体を作り直すしかないのだから選択の余地はない。先代の家主は壊す時のことなど微塵も考えていなかったのに違いないのだから。
擁壁は一面でビシッと揃っているのが映えるのにそれぞれの家で好き勝手に掘り下げてしまうものだから(中には擁壁を完全になくし地下二階まで作ってしまった家もある)今となっては不揃いで実に見苦しい有様。擁壁としての強度も低下するだろうし、それはとりもなおさず近隣に多大な潜在的迷惑をかけていることに他ならない。第一壊す時はどう始末をつけるつもりなんだろう。だからあまり凝った作りにするのはよした方がいいんだってば。

Who's to blame?
現代の日本において最も商売上手な名高い建築家の一人である隈研吾が手掛けた那珂川町の馬頭広重美術館が築後23年でボロボロになっているという話。
那珂川町なら都内からは日帰り圏内。こういう話を聞くと検証しに行きたくなる野次馬根性がむくむくと頭をもたげ、残暑厳しい9月初めに那珂川町まで足を運ぶ。
この日も最高気温は摂氏35度に達し、このような炎天下では走るサウナと化す車での移動はとても耐えられず、全身フルメッシュの空冷装備でバイクで出動*1。風を受けていさえすれば何とかなる・・

自分のようにニュースで初めてこの美術館の存在を知ったという人間は多いだろうし、さらに自分のような野次馬根性を発揮して一度行ってみようと足を運ぶ人間も多かろうと思われたが、この日は土曜にも関わらず客足は少なく駐車場もガラガラ。到着してすぐに入館せずにまずは件の外観を伺えば、なるほど噂にたがわぬボロボロ具合。





「年季が入った」を通り越して「朽ちている」という表現がぴったりのこれらの杉材は、地産池消を謳ってわざわざ地元で伐採された杉の木から一本一本削り出し、加工した上でガラスの屋根の上や壁に取り付けられているのだという(言うまでもなく専ら意匠のためであってこれ自体が屋根や壁の機能を持つものでは全くない)。館内の意匠も同様のコンセプトで天井と言い壁といい無数の杉材で埋め尽くされているが、屋内外の杉材を見比べて見れば劣化具合はなお鮮明に分かる。



折角来たものだから500円也を支払って入館し展示されている浮世絵を眺めつつ、三億円もかかるという補修費用をもっと安上がりに上げる方法を考えてみる。言ってみれば角材を切り出して取り付ける(取り替える)だけの作業になぜそのような馬鹿げたコストがかかるのかといえば全て特注品だからだろう。特注品がなぜ高くつくかといえば多くは手作業であり機械による大量生産ができないから。流通している杉を無選択で大量に仕入れるのではなくわざわざ地元の杉を伐採し、わざわざ一本ずつ専用形状のパーツを切り出すという面倒くさい作業を手作業で行っているからに違いない。
であればコストの源泉である専用パーツなどすっぱり捨ててしまい汎用品に置換してしまうのがコストダウンへの一番の近道だ。「地域のシンボルたる建物には地元の杉材を用いてこそ」などといういかにも聞こえの良い*2、いかにも地域住民に受けそうだが実際のところ何の意味もないこだわりなど綺麗さっぱり捨ててしまい、これらを全てよく似た形状の大量生産品に置き換えてしまえばいい。見たところ杉材のサイズはほぼツーバイ材と同じであり、規格品の代表格であるツーバイで張り替えてしまうのであれば、工賃を含めても三億円どころか一千万円でもお釣りがくるだろう。専用に拵えた杉材でなくては意匠が損なわれるわけでもあるまい。この意匠は無数の木材の集合体でマスの存在感として成り立っているものであって微妙な曲線だの起伏だので成り立っているような微妙で繊細なものでは全くないからだ。
ツーバイ材といえど毎年きっちりと塗り直しのメンテナンスを行えばそこそこ長持ちもするし、仮に5年ごとに張り替えるとしてもさしたる負担にもなるまい。自分が市長であれば迷わずそうするかなあ。「三億円かかります!皆さんご協力ください!」でショックを与えておいて「市長の鶴の一声で意匠を損なわず一千万円まで削減しました!」とアピールすれば地元の評判も上がり、その実績は再選に向けた追い風にもなるだろう。こんなに簡単に有権者の支持を取り付けられるのであればやらない手はないね。


こじんまりとしたコレクションの鑑賞を終え退館すると、この美術館を改めて裏手から眺めてみる。確かに佇まいは良い。

佇まいは良いのだが激しく痛んだ屋根や壁の杉材が遠目からは廃屋のようにも見えてしまう。何となく戊辰戦争直後の会津若松城を想起してしまうのは自分だけか。
この騒動は三億円という大金(人口1.6万人の労働人口が半分であるとして一人当たり*33.65万円もの負担となる)が関わっているにも関わらず責任の所在が明確でない。少なくとも責任の所在についての報道は皆無である。設計者を批判する声も中にはあるが、そもそも意匠を担当するに過ぎない「建築家」がその後の維持管理面まで責任を取るべきものなのかといえばそれも違う気がする。無垢の杉材を外装全面に用いるという「そりゃ腐るでしょう」案件についてクライアントたる町役場はどのような確認を行ったのか、そしてどのような回答や説明を受け取っていたのか。それは適切なものであったのか、あるいは楽観的に過ぎるものだったのか。町役場側はその回答を真に受けたのか、あるいは聞き流したのか。「これは防腐塗料を塗っているので心配ありません」という余りに楽観的な説明を受け真に受けてしまっていたのか、あるいは「少なくとも一年おきの塗り直しが必要ですよ」と伝えられていたのに放置していたのかによっても責任のウェイトは随分変わってくるようにも思われるが、仮に「これは防腐塗料を塗っているので心配ありません」という極楽とんぼのような説明を受けていたとしても「真に受ける奴があるか」という話である。説明した側も「いや誰も『永久に持ちます』なんて言ってないじゃん・・」と唖然としているかもしれない。見たところ塗り直しの形跡は殆ど見えないところから恐らく塗り直しはこれまでに一度も行なわれなかったものと思われるが、そもそもたった一度の塗布で恒久的に持つ塗料など存在しないし、まして防腐・防水といった特殊な機能ほど早々に失われることは専門家ならずとも「防水スプレー」を革靴や雨具に噴霧したことのある人なら直感で分かること*4。
基本的に木材を雨ざらしにすれば腐るのは当たり前であり、水分が浸透しないように表面にバリアを張るのが塗料の役目だがそれもすぐに剝がれてしまうので頻繁なメンテナンス=塗り直しは欠かせないというのは常識と思ったが*5、そんな想像力すら働かないほど町役場はトンチキなのか、あるいは「自分の責任ではないから知らない」という悪い意味での役人根性が働いたのか。
もし行政の不手際で(少なくとも住民には何の責任もないことは明らかだ)全世帯が何万円という税負担を強いられた挙句電話インタビューに答えるような呑気な口調で「ご協力をお願いしたい」など言われればたちまち抗議電話が殺到し業務が滞るほど炎上するところだろうが、そうなってはいないのは田舎ののんびりさ加減ゆえだろうか。東京都民の端くれとしては、同じ隈センセイが手掛けたやたらと木材を多用した新国立競技場の二十年後が大いに心配ではある。雨ざらしではない分広重美術館よりかなりマシとは思われるが、仮に全面補修が必要となったのであれば多分桁が二つくらい違うよね。

*1:本当は水冷にしたいところだが、以前に大枚叩いて購入した水冷ジャケットの水冷効果は日本の真夏の炎天下においてはせいぜい一時間持てばいいところ。冷却水タンクを氷水で満たしてもたちまちお湯になってしまいとても実用に耐えるものではなかった
*2:こういういかにも「公」が好みそうなコンセプトを打ち出すところが隈研吾は絶妙に上手い。だからコンペで強いのだろう
*3:一世帯あたりではない
*4:殆ど効かないよねあれ
*5:堅く水に強く耐久性が高いと評判のイペを用いた我が家のデッキでさえ毎年のように塗料の塗布を行って劣化防止に努めているし、それを怠って(あるいは飽きて)放置した結果無残にも崩壊している個人宅のウッドデッキはそこら中で目にすることが出来る
Escapee tells
そうか勝間女史今度は一戸建てに住み替えたのか。
ロードバイクにはまってみたりバイクにはまってみたり家電にはまってみたり、いつまで経っても(いい意味で)落ち着かないこの人は今度は初めての一戸建て生活にはまっているらしく、まあ何とも楽しげに語ること。
マンションとの最大の違いは外界との距離が格段に近いこと、というのは自分も過去のエントリで指摘していたが、WIFIも戸建ての方が有利とは知らなかった。そういえば分譲マンションは大抵光回線が付属しているが逆に言えば回線を選べないというデメリットでもある訳で。あと自転車の収納は壁面収納で何とかするのが宜しいかと。あっこの人はもうロードバイクやめたんだったか、それなら軽く倍以上重い自転車を女性の力で持ち上げるのはきついかな。
話しぶりから平屋ではなさそうなので、あと十年ほどして足腰が弱ったらマンション生活に戻り「何といってもいいのはマンションは階段の上り下りがない事」とか嬉し気に語る動画を上げそうな気もするけど。何れにせよいい選択だとは思う。昨今の都内マンション界隈は明らかに異常で不健全で、晴海フラッグ購入者の三分の一は投資目的の外国人とかちょっとどうかしてるとしかいいようがない。投資目的で転がされる物件に住めば本人も常に売り時を意識せざるを得ないだろうし、そんな日々は心落ち着いた暮らしとは程遠いものであることは想像に難くない。
それに比べれば戸建ての値上がりなど遥かに穏当で健全とさえ言える。ようこそ健やかなる戸建てライフへ。
sato*sato2訪問
こどもの日にS氏と共にsato*satoの施主Tさんのご招待にあずかりsato*sato2を訪問。
Tさん宅にお招きいただくのは数年ぶりになるが、我が家とそう変わらない時期にsato*satoを竣工してから10年余の間にこれが二件目の竣工。ロバートキヨサキいうところの金持ち父さんを地で行くTさんの投資手腕にはS氏とともに感嘆するばかり。ご馳走を振舞われながら不動産投資のコツなど伝授頂いたが、自分の場合思い入れのある自宅を貸しに出すまでは到底思いきれないので猫に小判。そういうところが財を成せる人とそうでない人の差なんだろうなあ。
で、二件目のsato*satoは一件目より随分と駅近にある以前はアパレルの店舗であった建物をリノベしたもの。
商業ビルだっただけあり長屋のように間口が狭く奥行きが長い作りなのだが、玄関から階段を昇ると外見から想像もつかない、高い天井に渡された古材の梁が隠れ家レストランのような雰囲気を醸し出す解放感に溢れたリビングに迎えられる。




違う物件ではあってもsato*sato2にはどことなくsato*satoを彷彿させるものがある。やはり家は家主を表すのだ

S氏とご馳走になっている間もTさんの一人娘R嬢は階下の自室で受験勉強中。なんともう来年には大学生になるとのこと。歳月の経つのは早い。sato*sato完成時には小学生だったR嬢が大学生になる間にsato*satoはsato*sato2に進化し、Tさんは不動産王への階段を上がり、S氏は酒が弱くなり、自分の頭には白髪が増え、居候は去ったり加わったり、そんな中でLWH002だけが変わらず・・と言いたいところだがこちらも壁を二回塗り直し、床を張ったり洗面所が別物になったりと地味に色々変わっている。しかし人間と比べ家の時の流れはとてもゆっくりだ。木造戸建ての法定耐用年数は22年とのことだが馬鹿言っちゃいけない、我が家は家主よりよほど長生きするだろう。既に家主と同じくらいの年輪を重ねたsato*sato2も然り。

昼過ぎに訪れたsato*sato2を辞したのはもう晩御飯が始まろうかという時間で些か長居が過ぎた。そういえば以前のsato*satoも訪れる度に長居してしまっていたなとアルコールで軽く麻痺した頭に薄っすら反省を浮かべつつ帰路に着く。ほろ酔いのS氏と帰りの小田急線に揺られながら何を話したのかは例によってさっぱり覚えていない。

越南縦断(9)3月5日 ホーチミン1 快晴の下喧噪のホーチミン

ホーチミン空港に到着したのは割と遅い時間。搭乗前に予約した空港近くの宿に直行し洗濯を終えたところでそのまま気絶するように就寝。
ホーチミン初の食事はやっぱり宿の朝食で出されたフォー。食べ終えたらそそくさと荷造りして宿を出、二泊目に予約したもう少しだけ町の中心に近い宿まで移動する。

勿論移動の足はGrabバイク、スーツケースを抱えてもGrabバイク。ライダーにマジかよという顔をされても勿論Grabバイク。ちょっと無理があるが気にしない。
ホーチミンは東京に匹敵する規模のベトナム一の大都会だけあってともかく賑やか。フエの街もそれなりに賑やかではあったがその比ではない。街はとにかく活気があって賑やかで、そしてこの汚さはさしずめ昭和の新宿か。昭和の新宿知らんけど。そういった感じ。




ホーチミン二回目のチェックインを済ませると部屋で荷物をほどき、早速市街の中心部へ繰り出す。もちろん移動の足はGrabバイク