カサエゴ

Casa Egoista (定員一名の小さな家)

LWH004を見れば施主が分かる

渋滞に巻き込まれたせいで、竣工直後のLWH004の内見会が開催された越谷に到着したのは最終回の時間を大幅に超過した午後3時半も過ぎた頃。さらに車を停めたところから15分ほど歩いてようやく辿り着いた家の前には、戸締りして帰ろうとしていたところを引き留められたS氏がやや憮然とした笑みを湛えつつ立っていて、その横には施主のSさん。家の中には奥様もいて、お二人は内見会の様子を見に来たばっかりにS氏と同様に遅刻した見学者のせいで帰路の足止めを食った形なので恐縮することしきり。お陰で色々興味深い話を聞けたのだが。

 

奥行きは長いが正面道路に面した間口はやや狭いLWH004のファサードは、オーソドクスな切妻屋根を頂いた白いガルバリウム鋼板外壁の平屋であることも相俟って、ごく控えめで全く人目を引く様子ではない。小さな子供に家の絵を描かせたらこのような家を描くのではないだろうか、というくらい何の変哲もない普通の家というのが正面から見た第一印象。しかし注意深い人であれば、一か所だけ設けられた大きなFIX窓から内部の非凡な気配を察するかもしれない。*1

 


家の側面、長い奥行きのほぼ中央に位置する黒いドアを開いて内部にアクセスすると、ファサードから受けた平凡な印象は一転する。

まず玄関の真正面に設えられた大きな壁、元の計画では坪庭が設けられる筈だった場所に設けられた大きな壁が正面から訪問者を出迎える。坪庭の代わりにここには絵を掛ける予定とのことだが、たしかにこの壁なら大きな絵も映え、坪庭より強いインパクトを与えることもできるだろう。季節ごとにかけ替えるのも面白い。

 

 

中央玄関の左手にDK、右手に寝室と水回り、クローゼットが配置された家はドアによる区切りがなく全体で大きなワンルームの体だが、桜のフローリングが貼られた床面を除く四方の壁と天井は全て漆喰の左官で仕上げられ、照明は全て埋め込みのダウンライトなので平面としての広がりが強調された天井がこの小さな家を実際より広く見せている。
一本だけアクセントのように立っている15ⅽm角の檜の柱を除けば(S氏の手がけた家としては珍しく)構造材が現しになっているところは一か所もなく、四角四面の白い漆喰の壁と水面のような艶を湛えた平らかな漆喰の天井で閉じられた空間は住宅というよりギャラリーのような緊張感のある雰囲気を漂わせている。実際、FIX窓の前から壁一面に飾り棚を設えて茶碗でも並べ、住宅ではなく陶芸家のギャラリーとして用いても違和感はない趣。しかし同じ空間に存在するTOTOの大きなシンクがこの空間を生活の中心となるDKに引き戻しているように感じられる。

 

 

この家ではとても丁寧に光が取り入れられている。デリカシーなく闇雲に大きな窓を設けるのでなく、寧ろ家の広さに比して窓全体の面積は小さいのだが、考え抜かれた場所に最低限の大きさの窓を設置していることで外の風景が絵のように切り取られて見えるのがコルビュジエの「小さな家」のようで、これは陰影を重要視するようになった近年のS氏の作風か施主のSさんのセンスかは判然としないが、とても思慮深く丁寧に配されている印象を受ける。いい意味で日本の家らしくない。

 

お隣の庭も絵のように切り取られて見え

同じ高さに設けられた細長い明かり取り窓も繊細な印象

細長い明かり取り窓の意匠は風呂の窓でも反復されている

またこの家では玄関の両翼の空間でそれぞれ中央に壁が立ち、二つの回廊を構成していることでミステリアスな彩が加えられている。坂道が例外なくドラマチックな顔を持つのと同じように終わりのない回廊も必然的にミステリアスな表情を持つもので、小さくてすぐ見終わってしまいますよとSさんは謙遜するが、なかなかどうしてやはり考え抜かれた家というのは見飽きることがない。コンセントの形状にまでこだわる施主の建てた家であれば猶更、窓の形状やスイッチの位置、設えられた什器の一つに至るまで、謎解きのようにそこに込められた意を解釈することに思いを巡らすことができるからだ。

 

右手の回廊

左手の回廊

こだわりのコンセント

内も外も白く平らかであることにこだわった家。一枚目の画像で分かる通り外構はこれから作りこむとのことだが、家そのものとしては施主の出来る限りのこだわりを詰め込んだこれがほぼ完成形で、(間仕切りを追加する程度以上には)恐らく大きくテイストを変えることはない。姿を変えることなくこの抑制的な緊張感を持った美しさを保ち続けるのがLWH004の施主Sさんの美意識であろうし、そこがLWH002の主とは対照的なところだ。

「本棚を見ればその人が分かる」とは昔から語り継がれる格言だが、その人となりを知ることができるのは何も本だけに限らない。その人のこだわりを詰め作り上げられた家も、本と同じくらいその人となりを現している。そして考えに考え抜かれたLWH004は紛れもなくSさん夫妻の家だった。

*1:小窓ならともかく、平屋の住宅で大きなFIX窓というのは通常は設けない